交差点


 その時、和光の時計は12時を指していた。

 全体的に何もかも遅すぎた。予定も準備も変更も修正も、何もかも。残っているのは私だけ。あと、充電の切れた携帯電話がひとつ。おそらく世の中で一番役に立たないものがふたつ揃った。
 駅前では終始、人が流れていく。取り残されたのは、使えない携帯付き私。待ちぼうけにも程遠い。つま先を見つめたまま動かない私は、人の目に映るのか、映らないのか。さっきから何度も使えない携帯を取り出しては開いて、充電が切れたことを思い出して、またしまう。その繰り返しはどれほど馬鹿げたものなのか。

 三越の前で乳母車をひいた女性が街頭インタビューを受けていた。

 「雨だぁ」と鼻にかかった声が聞こえた。女子高生は相変わらず短いスカートを引き連れている。
 天気予報は当たったらしい。次々と傘が開く。アスファルトには黒い染みが広がっていく。天気予報どころか空さえ見ずに家を出た。傘なんて持っているはずがない。今も昔も傘の形は変わらない。ずっと前から。何を守るために傘をさすのだろう。彼女たちの化粧を守るささやかな悪あがき。足下はいつも濡れ鼠。
 駅の中に入ろう。ここにいても仕方ないから。駅へ流れ込む人の群れに紛れて進む。役名のない、ただ歩くだけのエキストラ。Aから始まりZで終わらず、ぐるぐると続く無名の人、人、人。その中の一人になる。やがて散らばり、そしてまた一人。私は私だけが知る名前に戻る。

 交差点の大画面に映った何かの予告。見ず知らずの俳優が嗚咽をあげて泣いていた。

 壁際に寄って、ただ眺めた。何もすることはなかった。もう、約束もない。本当なら駅にいる意味もない。でも家に帰ることさえ億劫だった。激しさを増す雨の音が耳から離れてくれなくて、囲まれているように思えた。動いたら絡め取られて、帰って来られなくなりそうで。そんな妙な不安に取りつかれていた。
 待ち合わせをしている人がいて、そのうち相手がやってきていなくなる。誰かが待っている、誰かがやってくる。いなくなる。その繰り返しは変わらず、待っている人だけが変わっていく。私もそんな風に見えるんだろうか。誰も来ないのに、誰かを待っているように見えるんだろうか。
 終電は何時だろう。

 ソニープラザの階段で子どもが遊んでいた。奏でるには少し難しい鍵盤。

 山手線の緑を思い出した。それからそれに乗る必要のないことも思い出した。回り続けることが許されたあの緑の車体は、乗り続けることを許してくれているようで、時々乗りたくなる。けれど乗る必要はなかった。歩いてきた場所からは歩いて帰れる。雨はまだ降っている。傘はない。買う気もない。
 携帯を開いた。ああ、充電が切れてる。閉じてから、目を閉じた。雑踏は消えない。靴音は行き交い、混ざり合って周囲のすべてを飲み込む音になる。もう誰の声も聞こえない。

 女の子が資生堂のフルーツパーラーを見つめたまま歩いていく。

 水を打ったように静かだった。実際、雨は降っていた。けれど、まるで、まるで、水の底のように、音は音ではなくなっていた。目を開くのが怖くなった。それは、そこにいた人達が一人残らず消えてしまっていたらどうしよう、という怖さかもしれなかった。それは、目を開けた瞬間にこの静けさが消えてしまったらどうしよう、という怖さかもしれなかった。どちらでもあって、どちらでもなかったかもしれない。ただ、その静けさを体中に染み込ませたかっただけかもしれない。

 その時、和光の時計は、4時を指していた。青信号と共に流れは変わり、もう戻っては来ない。

 誰を待つ必要もなく、私は待っている。誰かを待つなら、約束というものを頼りに、とめどない人の流れの中で出会わなければいけない。不確かな確率。不安定な確実。あなたは何を信じて待つの。本当に必要だったのは、そんなものではなかった。静けさに耳鳴りがする。手で塞いで蹲った。
 私が差し出された傘に気づくには、もう少しかかる。

 その日、空は月を浮かべたまま雨を降らせていた。







20070810